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2019/02/25
ドイツの町と紋章66 エバースベルク
エバースベルクはバイエルン州同名郡の郡都で、人口12000人。市の北部にはドイツ最大級の森林、エバースベルクの森が広がる。
紋章は、三ツ山Dreibergを雄イノシシEberが上っている構図で、それぞれの意匠が町の名称Ebersbergとかかっている。三ツ山が斜めに使われているのは珍しいように思う。
2019/02/21
ドイツの町と紋章65 マルクト・シュヴァーベン
マルクト・シュヴァーベンは、バイエルン州エバースベルク郡のマルクトで、人口は13000人。ミュンヘン市とエアディンクを結ぶSバーンがこの町を通る。
紋章は、三ツ山の上に、爪の黄色い、羽を広げたタカが描かれている。この紋章は、1409年、バイエルン=インゴルシュタット公のシュテファン3世によって与えられた。
この模様は、現ローゼンハイム郡フリンツバッハに拠点をおいたファルケンシュタイン家に由来すると考えられている。ファルケンシュタイン家は13世紀に途絶えたので、この紋章は自由に使える状態にあったのである。
現在は、フリンツバッハの紋章でも同じタカの意匠が使われている。
2019/02/20
ドイツの町と紋章64 エアディンク
エアディンクはミュンヘン北東に位置する都市で、S2の終着駅がある。テルマエ・エアディンクという大規模温泉施設があることで知られる。
白い背景に青い犂の刃が描かれている。犂のモチーフは、市名Erdingが土地Erdeの耕作を連想させることに由来し、13世紀の印章に既に登場している。1523年以来、紋章では今日と同様の色が用いられていたが、犂はほぼ例外なく直立していた。現在の紋章は1978年に制定された。
2019/02/19
ドイツの町と紋章63 ランツフート
ランツフートは、ミュンヘン北東に位置するニーダーバイエルン行政管区の区都。人口は7万人で、ニーダイバイエルンで最大、東バイエルンではレーゲンスブルクに次ぐ規模の都市である。旧市街にはルネサンスとゴシックの名建築が建ち並んでいる。
紋章には三つの青い鉄兜が、結ばれたあご紐とともに描かれている。この模様は1275年より用いられ、ガンメルスドルフの戦いののち、ランツフート人の勇敢さを際立たせるために、バイエルン公でもあった神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世が与えたものだという。青と白はヴィッテルスバッハ家を象徴している。
16世紀には鉄兜の代わりに覆面兜が用いられる時期もあったが、今日では再び鉄兜が描かれている。この紋章から、ランツフートはしばしば「三兜城Dreihelmestadt」と呼ばれる。
ドイツの町と紋章62 レーゲンスブルク
レーゲンスブルクは、バイエルン州オーバープファルツ郡の郡都で、人口は15万人。2006年に旧市街が世界遺産に登録された。
赤い背景に交差する二本の聖ペトロの鍵が描かれたシンプルな紋章。ペトロは大聖堂と市の守護聖人である。この模様の起源は古いが、14世紀の印章では、鍵はペトロとともに描かれていた。1549年から、鍵が単独で用いられるようになった。
2019/02/15
ドイツの町と紋章61 グリュンヴァルト
グリュンヴァルトは、ミュンヘンの南に接する人口11000人のゲマインデ。ミュンヘン郊外の高級住宅地で、ドイツで最も豊かなゲマインデの一つに数えられる。
青い背景で、下から順に三ツ山、城壁と城門、トウヒの木、階段状になった切妻屋根の塔が描かれている。屋根と城壁は、町のシンボルであるグリュンヴァルト城の城門建築を再現している。グリュンヴァルト城は1293年にこの地を領有したバイエルン公ルートヴィヒ2世によって建てられ、その歴史がヴィッテルスバッハ家の菱形模様で表現されている。三ツ山とトウヒはイーザル川流域の自然風景を示しており、またトウヒは町の名前(「緑の森」)ともかかっている。
2019/02/12
ドイツの町と紋章60 プラッハ・イム・イーザルタール
プラッハは、ミュンヘンのすぐ南、イーザル川西岸に位置するゲマインデ。S7が市内を通り、交通の便は良い。
紋章は1956年に制定された。左上に地名の由来を表すブナが描かれ、右下の黒字と白い帯の意匠は、バイヤーブルンの紋章である。1160年に記録が現れるプラッハ家は、バイヤーブルンの領主であった古貴族の家系に遡るのである。中央を斜めに横切る白い帯はイーザル川を示し、白色と青色はバイエルン公国へのゲマインデの帰属を象徴している。
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