2016/01/25
[読書メモ] マーク・マゾワー(中田瑞穂・網谷龍介訳)『暗黒の大陸:ヨーロッパの20世紀』未来社、2015年
マーク・マゾワー(中田瑞穂・網谷龍介訳)『暗黒の大陸:ヨーロッパの20世紀』未来社、2015年。
ヨーロッパの20世紀は、二つの戦争を経て、自由と協調、民主主義の勝利に至る華々しい道筋として描かれがちである。そこでは民主主義こそが常に真のヨーロッパ的な規範であり、ファシズムや共産主義は忌むべき逸脱であった。1989年に東欧の共産主義政権が相次いで倒れた時、自由なヨーロッパの勝利は決定づけられたのだ。しかし、マゾワーによる20世紀ヨーロッパ史は、それとはまったく異なる視座を提示する。彼によれば、「冷戦で民主主義が勝利したことで、民主主義はヨーロッパの土壌に深く根づいていると考えたいかもしれないが、歴史はそうではないことを物語っている」(23頁)。なぜなら、「暗部」と見なされてきたファシズムや共産主義も、既存のヨーロッパ的価値観のなかから生まれてきたものか、あるいはある時代にヨーロッパ全体で共有されていた思想を極端に推し進めたものに過ぎないからだ。また、周辺と見なされがちな東欧や南欧の歴史的経験に目を向ければ、事態はよりはっきりする。「ヨーロッパを自由の源と同一視する知識人の伝統は何世紀も前にさかのぼる。しかし、自由民主主義が戦間期に失敗した事実を直視し、共産主義とファシズムもまたヨーロッパ大陸の政治的遺産の一部であると認めるのならば、この世紀にヨーロッパをかたちづくってきたものは、思想や感情の緩やかな収斂ではなく、敵対的な新秩序と新秩序の間の相次ぐ暴力的な衝突だったことは否定しがたい」(493-494頁)。本書は、既存のヨーロッパ観との対比を強調するならば、20世紀ヨーロッパにおける反民主主義、反自由主義の歴史であると言えるかもしれない。
このようなシニカルな歴史観を可能としたのは、おそらく著者マゾワーがギリシャ出身であることと無関係ではない。19世紀前半に独立を果たしたギリシャだったが、第一次世界大戦直後にトルコとの間で悪名高き住民交換を経験し、戦後初期に東西で揺れたのち、権威主義体制を経験した。議会主義が確立されヨーロッパ共同体への加入が許されたのちも、同様の経緯をたどったスペイン、ポルトガルとともに社会経済問題に苦悩している。ギリシャからの視座は、西ヨーロッパの理想主義的なヨーロッパ観を相対化するとともに、東欧の「後進性」をより冷静に評価することを可能にする。例えば、戦間期のヨーロッパ全体における議会主義への疑念と権威主義の台頭についての考察は、ピウスツキやホルティへの視線によって、より深いものとなっている。
本書エピローグのEU主義者への冷笑と国民国家間の協調の評価はきわめてプラグマティックであり、1989年のイデオロギーと政治への幻滅を経て、実態のますます不可解な「ヨーロッパ」への参入を急ぐ旧共産圏の国々への警鐘ともなるだろう。
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