2015/05/24

ドイツの町と紋章31 ヘルシング・アム・アマーゼー


ヘルシングはアマーゼー湖畔の都市で、ミュンヘンS8の終着駅がある。
暖かい時期に行ったおかげで湖畔のレストランや散歩道はかなりにぎわっていた。いくつかの散策コースの起点にもなっており、僕もここから隣町のアンデクスまで5kmくらい歩いた。

紋章は以下の通り。

Wappen der Gemeinde Herrsching am Ammersee

Wikipediaに解説がなかったが、バイエルン州のホームページにしっかりとした記事があった。
カモメと波は当然アマーゼー湖を表している。下部はバイエルンの紋章であり、1248年より市はバイエルン公ヴィッテルスバッハ家の統治下に入った。現在の紋章は1954年に制定された。


天気も良かった。


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ドイツの町と紋章30 アルトーミュンスター


アルトーミュンスターはミュンヘンS2の終点駅があるマルクトである。マルクトとは自治体の単位の一つであり、現在のドイツではバイエルン州のみに存続している。
ここにはダッハウ収容所のあと、Sバーンが工事中だったのでわざわざ代替バスで訪れた。オーバーバイエルンの単調な田舎風景を見たのはこのバスが最初だったかもしれない。

紋章は以下の通り。

Wappen des Marktes Altomünster

紋章には町の由来となった聖アルトー、そして聖アルトー教会(Muenster)が描かれている。ミュンスターとはラテン語Monasteriumに由来する単語で、主に南ドイツで教会の呼称として用いられた。現在の教会は18世紀にロココ様式で新築されたものだが、当初は紋章に描かれているような姿だったのだろう(あるいは、教会一般を図式化した絵柄なのかもしれない)。下部には各地の紋章でお馴染みのアヤメが加えられている。


市役所。後ろに見えるのが聖アルトー教会の塔。


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2015/05/22

ドイツの町と紋章29 ダッハウ


ダッハウはミュンヘン北西に位置する都市で、定期券圏内ではフライジンクに次いで大きい町。それでも人口は45000人。
ダッハウには強制収容所跡とヴィッテルスバッハ家の宮殿があり、僕はそのどちらも訪れた。どうしても前者のイメージが強いが、旧市街は十分独立した観光資源となっていた。

紋章は以下の通り。

Wappen der Stadt Dachau

紋章の三つの絵柄はどれもバイエルンの統治者とのダッハウの深い結びつきを示している。まず、上部の拍車は14世紀にダッハウ宮殿の管理人であったHans von Marschalckの紋章に由来するとされている。左のライオンは12世紀に絶えたダッハウ伯爵家のシンボルであり、蛇は14世紀末にバイエルン公に嫁いできたElisabettaの出身であるミラノのヴィスコンティ家の紋章獣である。蛇がダッハウの紋章に描かれているのは、Elisabettaが婚約の際の贈り物としてダッハウ市をバイエルン公から受け取ったことによる。


クリスマスマーケットにも行った。


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2015/05/21

ドイツの町と紋章28 エヒング


エヒングもオーバーシュライスハイムと同じミュンヘンの北のS1沿線の都市で、人口はこちらが2000人ほど多い。
ここは観光にきたわけではなく、最寄りのIKEAがあったので引越直後に来ただけ。写真は一枚も撮っていないし中心部に寄ってもいないが、50ユーロくらい金を落としたので訪問数にいれていいだろう。

紋章は以下の通り。

Wappen der Gemeinde Eching

上部には「フライジンクの黒ん坊」、下部にはハイデ(荒野)に咲く花の間に聖アンデレ十字が描かれている(スコットランド国旗のセント・アンドリューの十字と同じ)。「フライジンクの黒ん坊」はエヒングが属していたフライジンク司教領のシンボルであり、聖アンデレ十字は教区教会の聖アンドレアス教会を、花は市内の自然保護地区「ガルヒング・ハイデ」を表している。この紋章は1967年より用いられている。

ドイツの町と紋章27 オーバーシュライスハイム


オーバーシュライスハイムはミュンヘン郊外の都市で、人口約1万人。LMUの定期券圏内であり、以後この規模の知名度の低い町に好奇心と意地で訪問しまくることとなる。
市内にはバイエルンの王家であるヴィッテルスバッハ家が夏の離宮としていたオーバーシュライスハイム宮殿があり、そこの広い庭園を一通り歩いて回った。

紋章は以下の通り。

Wappen der Gemeinde Oberschleißheim

上部には宮殿にある三つの建物のうち二つを建設したマクシミリアン2世エマヌエル選帝侯(1662-1726)のモノグラムが、下部にはバイエルンの青白の菱形模様が描かれている。この紋章は市に在住していた紋章学者、Otto Huppの案で1925年に制定された。

とても広いが、誰もいない。


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2015/05/19

ドイツの町と紋章26 アウグスブルク


アウグスブルクはミュンヘン、ニュルンベルクに次ぐバイエルン第三の都市。ローマ時代に建設されて以降、フッガー家の繁栄やアウグスブルクの和議などで常に歴史に名を残し、現在に至っている。
ミュンヘンに家がないときオクトーバーフェストを避けてここに泊まったのだが、ミュンヘンから軽く足を延ばすには若干遠いので今思えばあのとき行っておいてよかった。夜は意外と閑散としていたが。

紋章は以下の通り。

Wappen der Stadt Augsburg

中央に描かれているのはツィルベルヌスという松かさ、すなわち広義の松ぼっくりを図式化したものであり、1467年の印章に初めて登場した。これはこの地域のローマ軍の軍旗に由来するもので、現在でもアウグスブルクのシンボルとして紋章以外でも広く用いられている。現在の紋章は1985年に簡略化されたもので、以前は鉢のような部分がコリント式の柱頭となっており、さらにそこには人間の顔が描かれていた(顔の起源は定かではない)。以下が1811年から1985年までの紋章である。



市役所なのにドイツの紋章しかない・・・。


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2015/05/18

ドイツの町と紋章25 メンヒェングラードバッハ


メンヒェングラードバッハはノルドライン=ヴェストファーレン州西部の大都市。1975年に合併で誕生した経緯から、二つの中央駅(Hauptbahnhof)を有するドイツで唯一の都市となっている。ブンデスリーガの古豪ボルシア・メンヒェングラードバッハの本拠地としても知られる。
ノイスの後に訪れたが、ここも人口の割にパッとしないNRW特有の都市。大通りのカフェでくつろいですぐケルンに引き返した。

紋章は以下の通り。

Wappen der Stadt Mönchengladbach

現在の紋章は合併前の諸都市の伝統を重んじた図柄であり、合併後の1977年に制定された。上部の白い鋸歯状の帯は旧Wickrath市を治めていたQuadt家、左部の大修道院長杖は合併前のメンヒェングラードバッハ市にあったベネディクト会、右部の黒十字は旧Rheydt市を治めていたBylandt家を、それぞれ表している。
合併前の旧紋章(下図)は聖人、ルカニアのヴィトゥスとユーリヒ公のライオンが描かれたもので、現在の紋章との連続性はない。中央の青い帯は小川を意味するGladbachのbachにかけたもので、星は聖ヴィトゥスもその一人に数えられる14の救難聖人を示している。




駅は味があってよかったな。


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